2006326日(その1):アザラシと観察者たちが標的に・・・


セントローレンス湾でのカナダの商業アザラシ猟の2日目は、濃い霧の中始まりました。灰色の空はHSUSチームの気分を表していました。私たちはこれが非常に困難な日になると分かっていました。残りのアザラシたちの多くが毛皮のために撲殺されたり撃ち殺されるのを目撃する日になると。

また、この日が猟の映像を撮れる最後の日になるかもしれないと分かっていました。この地域には本当に少しのアザラシしか居ないのです。途方に暮れたように見える赤ちゃんたちは不安定な氷盤の上に浮いていられるように一生懸命です。そして猟師たちは彼らを皆殺しにしてしまうのです。


2006 HSUS 

昨夜、私たちは11隻のアザラシ猟船の間に碇を下ろしました。夜通しラジオの音がし、真っ暗な海に明かりが光るのをみていました。彼らは朝4時に動き出しましたので、私たちも遅れませんでした。外が完全に明るくなると同時に、4隻の船を見つけたので私たちは小さいゴムボートで追いかけました。

私は普段は自分の足で立って猟を観察します。なぜなら、普段は浮氷は何台ものヘリが着地できるくらい頑丈なのです。でも今年の氷は薄くてもろいため、私たちは大きな船を基盤にし、そこから小さいゴムボートを出動させて氷水の中を動き回らずを得なくなりました。ゴムボートに座ると独特の視点になると分かりました。私はアザラシの赤ちゃんと同じ高さで撮影していたのです。そしてアザラシ猟船は十倍威圧的に見えました。

私たちはすぐに2隻の大きな猟船に追いつきました。すると彼らは私たちを流氷の密集地帯に導きました。流氷が私たちの後方で道をふさいでしまい、私たちには明らかに逃げ場がなくなってしまいました。そして直ぐにアザラシ猟船が向きを変えて襲撃してきました。私たちは動かない流氷に対して後退したりしてゴムボートを必死で動かして彼らの道筋からどこうとしました。船は私たちすれすれの所を通り過ぎるので、航跡で転覆しないように必死でした。

遂にアザラシ猟者たちは動き出し、氷の上で寝そべっている赤ちゃんたちを無作為に撃ち始めました。それは見るも恐ろしい光景でした。アザラシたちは猟師の怒鳴り声を聞いて、氷の板の端へ必死に這っていくのですが、結局ただ弾に撃たれる結果となるのでした。弾丸がアザラシを直ぐに殺さない場合も多々あり、猟師たちは逃げようとするアザラシを何度も何度も撃つのです。火薬の臭いで、空気がすぐに重く苦くなりました。

生後3週間の赤ちゃんが水面に逃げようとして数回撃たれました。開放水面で撃つときはいつもそうなのですが、アザラシが水面下にすべり落ち、そのまま回収されないのです。

この船舶のアザラシ猟師たちは沢山の術を備えていました。氷が厚い場所ではその上に飛び乗ってアザラシをハカピック(金属のスパイクが先についたクラブ)で殴り殺しました。(毛皮に弾丸の穴があるとその皮加工会社が数ドル分値下げするので、アザラシ猟師たちは撲殺を好むのです。)猟師たちは流氷から流氷へと飛びうつると、赤ちゃんアザラシたちはクラブが振り下ろされると警戒して彼らを見上げるのです。

私が見た殺されたアザラシの赤ちゃんのうちの本当に沢山がまだ白い毛で覆われていました。カナダの法律の抜け穴で、ふわふわの白い毛が抜け始めたら直ぐに合法的に猟をして良いからなのです。これは、たいてい生後12日目くらいです。

私たちは流氷の合間の細い水路を通り、この2隻の船を追い続けました。霧が早く動いており、私たちの大きい方の船を見失いそうになりました。私たちは一人ぼっちになってしまいました・・・私たちの浮きゴムボートはアザラシ猟船からの守りを完全に失ったのです。警告なく、アザラシ猟船の一隻が急角度に向きを変え、私たちの方に高速で向かってきたので、私は海に転覆すると確信しました。これは深刻です。もし冷たい水に落ちてしまったら、私たちのサバイバルスーツはほんの数分しか私たちを守ってくれないのです。

私たちの操縦士はできるだけ早いスピードでゴムボートを氷に後退したので、プロペラが流氷を砕きました。30センチほど離れたところでは、私たちのもう1台のゴムボートも同じく頼りなさげに苦しんでいました私たちは一緒にアザラシ猟船が迫ってくるのを見ました。私の頭の一部では、海洋漁業省(DFO)の役人が監視していても私たちはアザラシを追っている猟師から10メートル離れていなくてはいけないという観察許可の条件違反で責められることは無いと思い少しほっとしていました。なぜなら、この船のアザラシ猟者はアザラシを殺そうとしているのでは無いからです。アザラシは私たちが居た地域には1匹も居ませんでした。彼らは私たちを殺そうとしているかのように見えました。

最後の瞬間まで、私はアザラシ猟船が止まると思っていました。船長は私たちの生命を脅かしていると分かっているはずです。でも大きな衝突音と共に、アザラシ猟者たちは私たちの隣のゴムボートに高速で激突し、プロペラの一つを壊しました。操縦士はボートを流氷の上に上げて逃げるしかなくなりました。これは危険な行動ですが、これが彼に残されたただ一つの選択だったのです。私たちは航跡の波に捕らわれ、私たちの操縦士も30センチ隣のボートが船に激突されたため、ボートをコントロールするのに苦労していました。私は船の船長に向かって彼はカナダの法律に違反し、人間の生命を危険にさらしていると叫びました。彼はにっこり笑って過ぎ去って行きました。

私は顔を上げると、彼のユーモアの理由が分かりました。2隻目のアザラシ猟船舶が私たちめがけて高速で迫ってきているのです。もしそれが激突したら、私たちはお終いです。衝撃の1秒前、急に方向転換しました。私たちの大きく威圧的な船舶が霧の中から現れるまで、その理由が分かりませんでした。これらの意気地なしのアザラシ猟師たちは私たちのちっぽけなボートを相手に対戦して喜んでいたのに、120フィートの船舶の相手はあまりしたくないようでした。

この種の攻撃性はアザラシ猟師たちにありがちな行動です。私はこの猟を記録する際、毎年見てきています。殺戮を記録するために、私たちはただ進むしか無いのです。

私たちが別の船に追いついたら、猟師たちが怒鳴り、私たちにアザラシの死体を投げつけてきました。私たちは猟師が氷板の上に飛び乗り、ハカピックを振り上げて無力な白い毛の赤ちゃんのほうに走っていく様子を恐怖のうちに撮影しました。彼は突然膝を落とし、赤ちゃんを抱きかかえ、そして怖がっている赤ちゃんを氷に投げつけ笑いながら船に戻っていったのです。カナダの海洋哺乳類規制はアザラシのこのような扱いを禁じていますが、私たちはここでは定期的にその様子を目撃します。これらの浮氷の上では、アザラシ猟師たちは自分たちが法律であると信じる理由があるのです。

数分後、カナダ沿岸警備隊の砕氷船が来て停泊し、海洋漁業省の役人やカナダ王立騎馬警官を乗せた小さなモーターボートを出動させました。彼らは私たちのボートのほうへ来ました。そして私は彼らは激突事件について調査にきたのかと一瞬思いました。でももちろん、彼らはアザラシ猟師たちを調べるためにきたのではありません。彼らはいつだってそんなことはしません。私たちの観察許可を確認しに来たのです。それから30分ほど、彼らはIDや書類を照らし合わせて私たちの許可書を細かくチェックしました。そして、しぶしぶと私たちに続行許可を出しました。

その日の残りは、数百頭の赤ちゃんアザラシの殺戮を撮影しました。攻撃的な風潮が続き、アザラシ猟船が私たちに向かって何度も突進してきたり、ゴムボートにアザラシの死体を投げつけたりしてきました。あるとき、2隻のアザラシ猟船が私たちを浮氷の間で追いかけてきたので、私たちの船長は私たちが深刻な問題に陥ったと認識しました。彼は沿岸警備隊に繰り返し無線連絡をし、助けを求めましたが誰も返事をしませんでした。

あるとき、血まみれのヒレ足が私たちのボートの私の目の前に着地しました。私にはタテゴトアザラシの赤ちゃんのヒレ足の未発達な指が見えました。人間の手に似ているのです。汚されてなかった浮氷が大虐殺と混沌に化した土俵で、私は一瞬だけ自分の周りしか見ることができませんでした。涙が私の頬を流れ落ち、私は今回こそが私たちが目撃しなくてはならない最後の猟であるようにすると再度誓ったのです。

レベッカ・アルドワース

追記

HSUSウェブサイトより

アザラシ猟船がHSUSのゴムボートを襲う現場をビデオ撮影し公開しています。WindowsMediaPlayerでご覧になる方はこちらをどうぞ。RealPlayerでご覧になる方はこちらをどうぞ。

この日記の日の猟の様子がビデオで紹介されています。残酷な映像もあるので、ご注意下さい。





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